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大阪高等裁判所 平成9年(行ス)4号 決定 1997年5月13日

抗告人(申立人) 杉原昌治 外二六名

相手方 田邊朋之

主文

本件即時抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一  本件即時抗告の趣旨及び理由

別紙「即時抗告申立書」(写し)に記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  当裁判所も本件申立を却下すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり訂正するほか、原決定「理由」欄「第四 当裁判所の判断」(原決定四頁六行目から一一頁九行目まで)記載と同じであるから、これを引用する。

(一)  文中、「申立人」を「抗告人」と訂正する。

(二)  文中、「別表」の前に「原決定添付」を付加する(ただし、六頁八行目、七頁一行目の各「別表」を除く。)。

(三)  原決定四頁七行目「当庁」を「京都地方裁判所」と訂正する。

2  抗告人らの主張に対する判断

抗告人らは、本件においては被告である京都市長はその権限に属する財務会計上の行為を行う権限を特定の補助職員に専決もしくは代決させており、かかる場合被告の市長に対する住民訴訟としての損害賠償請求は、右補助職員に対する指揮監督上の義務違反を要件としており、かかる地方自治体の内部のことを立証することは事実上不可能であり、専決権限を有する補助職員を特定して被告にしなければ、その目的を達しないことになると主張する。

しかし、そもそも行政事件訴訟法一五条は被告を誤った場合に例外的にそれを救済しようとする規定であって、本件の場合のように被告そのものを誤った場合ではなく、被告をいずれにするかにより損害賠償請求の要件が異なり、その立証の難易に差があるという場合に立証が容易とされる方法をとるため、右条文を利用して被告を変更するようなことは、およそ右条文の予想するところではないといわざるをえず、住民訴訟においてこれと別に解しなければならない理由はない。

3  よって、本件申立てを却下した原決定は相当であり、本件即時抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人らの負担として、主文のとおり決定する。

(裁判官 中田耕三 高橋文仲 徳永幸藏)

即時抗告申立書(抄)

即時抗告の趣旨

一、原決定を取り消す。

二、京都地方裁判所平成七年(行ウ)第二七号損害賠償請求事件の被告を田邊朋之から、別表記載の番号1の支出につき別紙一被告目録記載一の薦田守弘に、別表記載の番号2ないし8の各支出につき別紙一被告目録二記載の佐藤達三に、別表記載の番号9、10、14、17の各支出につき別紙一被告目録三の西村正信に、別表記載の番号11、12、15、16、18の各支出につき別紙一被告目録四の内藤俊夫に、別表記載の番号13、19、20の各支出につき別紙一被告目録五の内田俊一に、当庁平成七年(行ウ)第二五号、同八年(行ウ)第一三号損害賠償請求事件の被告を、田邊朋之から別紙一被告目録五の内田俊一に、それぞれ変更することを許可する。

三、抗告費用は相手方らの負担とする。

との裁判を求める。

即時抗告の理由

一、原決定は、「行訴法一五条の趣旨は、被告を誤ったことによる出訴期間徒過という原告の不利益を救済する点にあるから、同上の『被告とすべき者を誤った』とは、誤って当該訴訟において被告適格がない者を訴えたという意味に解すべきである」としたうえで、「本件についてみると第四の一2項に説示したとおり、相手方は別表記載の各公金支出がなされた当時京都市長の地位にあった者である。したがって、財務会計上の行為に関する権限を法令上本来的に有する者といえ、地自法二四二条の二第一項四号前段所定の『当該職員』に該当する(最高裁判所昭和五五年(行ツ)第一五七号・同六二年四月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻三号二三九頁、同裁判所平成二年(行ツ)第一三八号・同三年一二月二〇日第二小法廷判決・民集四五巻九号一五〇三頁参照)から、相手方は被告適格を有するものといえる。

したがって、基本事件訴訟は被告適格を有する者を被告とする訴えであるから、行訴法四三条三項、四〇条二項によって準用される同法一五条の『被告とすべき者を誤った』に該当しない。」として、申立人(原告)らの被告変更の許可の申立を却下したものである。

二、1、しかしながら、原決定は、地方自治法二四二条一項四号に定める代位請求訴訟における「当該職員」と行政事件訴訟法一五条一項に定める「被告とすべき者」とを同一視するという誤りを犯しており、到底正当なものとはいえない。以下、その理由を述べる。

2、地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」には直接不法行為を行った職員だけでなく、財務会計行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者すなわち普通地方公共団体の長も含まれることについては、従前から判例はこれを肯定してきた。

例えば、最高裁昭和五三年六月二三日判決(判例時報八九七号五四頁)は、「代位請求訴訟の構造にかんがみれば、右訴訟の被告適格を有する者は右訴訟の原告により訴訟の目的である地方公共団体が有する実体上の請求権を履行する義務があると主張されている者であると解する」と判示して、収入役の不法行為につき、町長の被告適格を認めたのである。

また、最高裁昭和六二年四月一〇日判決(判例時報一二三四号三一頁)は、地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」とは、「当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味」すると判示したのである。

右判例の立場からいうならば、本件においては京都市長であった被告田邊朋之は、本件各公金支出という財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者であるから、当然「当該職員」に該当し、右公金支出につき責任を負うものと考えられていた。

3、ところが、最高裁平成三年一二月二〇日判決(判例時報一四一一号二七頁)は、普通地方公共団体の長がその権限に属する一定の範囲の財務会計上の行為をあらかじめ特定の補助職員に専決させている場合について、「右専決を任された補助職員が管理者(普通地方公共団体の長と同視すべき地位)の権限に属する当該財務会計上の行為を専決により処理した場合は、管理者は右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右補助職員が財務会計上の違法行為を阻止しなかったときに限り、普通地方公共団体に対し、右補助職員がした財務会計上の違法行為により当該普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当である」と判示して、普通地方公共団体の長に損害賠償責任を負わせるにつき、補助職員に対する指揮監督上の義務違反を要件としたのである。

右判例によれば、住民は普通地方公共団体の長の補助職員に対する指揮監督上の義務違反の事実を立証しなければならなくなるが、住民は行政の内部における具体的な指揮監督の実態を把握できる立場にはないので、右事実を立証することは事実上不可能である。そのため、普通地方公共団体の長がその権限に属する一定の範囲の財務会計上の行為をあらかじめ特定の補助職員に専決させている場合、各公金支出についてそれぞれ専決権限を有する補助職員を特定して被告にしなければ、本件のような代位請求にかかる住民訴訟においては、その目的を達しえないことになる。

本件住民訴訟においても、普通地方公共団体の長である被告田邊朋之がその権限に属する財務会計上の行為を行う権限を特定の補助職員に専決もしくは代決させており、右補助職員に対する指揮監督上の義務違反の存在が明らかでない本件では、それぞれ専決(代決)権限を有する補助職員を特定して被告にしなければ、損害賠償を目的とする代位請求訴訟はその目的を達しえないことになる。とりわけ本件では被告田邊朋之が答弁書において補助職員に対する指揮監督上の義務違反の不存在を主張して、申立人(原告)らの請求を棄却するよう求めているのであるから、なおさらのことといわなければならない。被告らの主張が認められ、申立人(原告)らの請求が棄却されてしまえば、申立人(原告)らは本件訴訟を提起した目的は達することができず、結局被告とすべき者を誤ったことになる。

したがって、被告田邊朋之を代位請求訴訟の被告とした本件住民訴訟は、結局行政事件訴訟法一五条一項に規定する「被告とすべき者」を誤ったといわなければならない。

4、なお、付言すれば、被告田邊朋之を相手どって、被告変更許可を申し立てた時点では、本件の会計書類は証拠として提出しておらず、申立人(原告)らにおいてこれを見ることができなかったのであるから、申立人(原告)らが普通地方公共団体の長を被告としたことは止むをえなかったものである。その後、右会計書類が被告から提出されて専決(代決)権限を有する補助職員を特定することが可能となったのである。そこで、申立人(原告)らは専決権限を有する職員を被告とするために被告変更の申立をおこなったものである。

以上のような諸事情を考慮すれば、申立人(原告)らには行政事件訴訟法一五条一項にいう重大な過失はないのである。

別紙一、別表<省略>

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